東京地方裁判所 昭和49年(ワ)70302号 判決 1981年9月14日
昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件原告・同年(ワ)第七〇六一四号事件被告
更生会社寺岡商事株式会社管財人
栄木正之助
右訴訟代理人
橋本基一
外二名
昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件被告・同年(ワ)第七〇六一四号事件原告
伊藤忠商事株式会社
右代表者
戸崎誠喜
右訴訟代理人
栄木忠常
外三名
右訴訟復代理人
渡辺晃
外一名
主文
一 伊藤忠商事株式会社の寺岡商事株式会社に対する約束手形金請求訴訟(当庁昭和四九年(ワ)第七〇六一四号事件)は訴訟中断(昭和五二年八月一七日)のまま、昭和五三年一二月一一日更生会社寺岡商事株式会社に対する会社更生手続における更生計画が認可されることにより、その請求権の基礎を失い、不適法となり、即日、手形判決(当庁昭和四九年(手ウ)第二〇二四号・昭和四九年一一月八日言渡)の効力を失つて終了した。
二 伊藤忠商事株式会社は、更生会社寺岡商事株式会社管財人栄木正之助に対し金六三三二万六八八三円及び内金六一八三万五〇〇〇円に対する昭和四九年一一月一四日から、内金一四九万一八八三円に対する昭和四九年一二月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 寺岡商事株式会社の伊藤忠商事株式会社に対する約束手形金債務不存在確認請求訴訟(当庁昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件)は、訴訟中断(昭和五二年八月一七日)のまま昭和五三年一二月一一日更生会社寺岡商事株式会社に対する会社更生手続における更生計画案が認可されることにより、その目的を達し、訴の利益を失つて終了した。
四 訴訟費用は伊藤忠商事株式会社の負担とする。
五 この判決二項は仮に執行することができる。
事実
昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件原告・同年(ワ)第七〇六一四号事件被告更生会社寺岡商事株式会社管財人栄木正之助を以下単に「更生会社」、昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件被告・同年(ワ)第七〇六一四号事件原告伊藤忠商事株式会社を以下単に「伊藤忠」という。
第一 昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件について
一 当事者の求めた裁判
1 訴訟中断前の寺岡商事株式会社(以下「寺岡商事」という。)の請求の趣旨並びに更生会社の請求の趣旨
(一) 寺岡商事の伊藤忠に対する別紙約束手形目録記載の約束手形六通(以下「本件各手形」という。)に基づく金六一八三万五〇〇〇円の約束手形金債務の存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は伊藤忠の負担とする。
(三) 民事訴訟法一九八条二項に基づく申立
(1) 伊藤忠は、更生会社に対し金六三三二万六八八三円及び内金六一八三万五〇〇〇円に対する昭和四九年一一月一四日から、内金一四九万一八八三円に対する同年一二月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する伊藤忠の答弁
(一) 寺岡商事並びに更生会社の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は更生会社の負担とする。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 伊藤忠は、本件各手形を所持し更生会社に対し本件各手形金債権があると主張している。しかし、寺岡商事並びに更生会社は以下のとおり伊藤忠に対し本件各手形金債務を負担しない。
(1) 通謀虚偽表示
本件各手形は、昭和四九年二・三月、寺岡商事と伊藤忠との間で左記のとおり綿ボディシャツ合計四万一五〇〇枚の買戻条件付売買契約を締結した売買代金合計金六一八三万五〇〇〇円の支払方法として、寺岡商事が伊藤忠に対して振出交付したものである。
記
(イ) 綿ボディシャツ 一万二〇〇〇枚
金一七八八万円 別紙約束手形目録記載(一)の手形
(ロ) 右同 一万三〇〇〇枚
金一九三七万円 同目録記載(二)の手形
(ハ) 右同 七〇〇〇枚
金一〇四三万円 同目録記載(三)、(四)の手形
(ニ) 右同 九五〇〇枚
金一四一五万五〇〇〇円 同目録記載(五)、(六)の手形
ところで、右売買契約は、そのころ伊藤忠において綿ボディシャツの在庫に過剰を生じていたところ、三月末の決算期をむかえるに当り、在庫品を帳簿上減らす必要に迫られたため、寺岡商事に対しその旨の説明をし、寺岡商事と伊藤忠とが通謀のうえ商品の受渡もないまま寺岡商事が右綿ボディシャツを伊藤忠から買い受けたように仮装したものである。
従つて、本件各手形の振出原因である右綿ボディシャツの売買契約は通謀虚偽表示により無効であるから、寺岡商事は伊藤忠に対し本件各手形金の支払義務はない。
(2) 合意解除
仮に右売買契約が有効であるとしても、伊藤忠は寺岡商事に対し、昭和四九年五月三日、同年三月三〇日付の書面をもつて右売買契約を取り消す旨の意思表示をした。これは右売買契約の解約の申入にほかならず、寺岡商事は同年六月二一日、本件訴状をもつて右解約を承諾した。
従つて、右売買契約は合意解除されたものであるから、寺岡商事は伊藤忠に対し本件各手形金の支払義務はない。
(3) 相殺
仮に右の主張が認められないとしても、
(イ) 伊藤忠は右売買契約締結に際し、寺岡商事に対して、綿ボディシャツ二万五〇〇〇枚については昭和四九年四月末日までに、同一万六五〇〇枚については同年五月末日までに、それぞれ口銭三パーセントをつけて買戻すことを約した。
(ロ) ところが、伊藤忠は同年四月末日になつても右買戻義務を履行しないので、同年五月一日ころ寺岡商事が伊藤忠に対し買戻実行方を督促したところ、伊藤忠は社内の伝票操作の都合で買戻しが遅れているとして、左記の方法で買戻すことを約した。
記
(あ) 現金支払 昭和四九年五月三一日・金一八四二万円、同年六月一五日・金一九九五万五〇〇〇円
(い) 同年五月二五日に次のとおりの約束手形を寺岡商事宛に振り出す。
(Ⅰ) 額面・金一〇七四万五〇〇〇円、支払期日・同年六月二九日
(Ⅱ) 額面・金一四五八万二五〇〇円、支払期日・同年七月一五日
(ハ) しかるに、伊藤忠は右買戻義務を履行しないので、寺岡商事は伊藤忠に対し、昭和五〇年二月三日の本件口頭弁論期日において、右買戻代金債権をもつて、伊藤忠の本件各手形金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(ニ) 従つて、本件各手形金債権は相殺によつて既に消滅したものであり、寺岡商事は伊藤忠に対し本件各手形金の支払義務はない。
(二) 寺岡商事は同社の申立に係る東京地方裁判所昭和五二年(ミ)第七号会社更生手続開始申立事件について、同裁判所から昭和五二年八月一七日、更生手続開始決定を受け、会社更生法上の更生会社となつたものであり、更生管財人に山本晃夫が選任された。更生会社は右(一)記載の理由により伊藤忠に対し本件各手形金債務を負担しない。
(三) 更生債権届出懈怠による失権
仮に百歩譲つて伊藤忠主張の本件各手形金債権が存在したとしても、
(1) 前記更生手続開始決定によつて定められた更生債権及び更生担保権の届出期間は、昭和五二年一〇月七日までであるところ、伊藤忠の本件各手形金債権は更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であつて、更生債権となるものであるが、伊藤忠は右更生債権の届出期間内に本件各手形金債権の届出をしなかつた。昭和五三年一二月一一日、更生管財人から裁判所に提出された更生計画案が認可された。
(2) したがつて、伊藤忠の本件各手形金債権は会社更生法二四一条により失権していること明らかである。
(四) よつて、伊藤忠の本件各手形金債権の存在しないことの確認を求める。
2 更生会社の民事訴訟法一九八条二項に基づく申立の原因
(一) 昭和四九年(ワ)第七〇六一四号約束手形金請求異議事件の手形訴訟である東京地方裁判所昭和四九年(手ワ)第二〇二四号約束手形金請求事件において昭和四九年一一月八日伊藤忠が勝訴判決を得た。
(二) 伊藤忠は、同年一一月一三日、右判決の仮執行宣言に基づき寺岡商事の銀行に対する預託金返還請求権(株式会社横浜銀行浅草橋支店・金一七八八万円、株式会社第一勧業銀行日本橋支店・金一九三七万円、株式会社三和銀行室町支店・金一〇四三万円、株式会社大和銀行堀留支店・金一四一五万五〇〇〇円)を差押・転付を得たうえ、右転付金を全額取得した。その後、同年一二月一〇日、伊藤忠は寺岡商事に対し、右判決に基づく利息の請求をしたところ、寺岡商事は強制執行を免れるため、右利息合計金一四九万一八八三円の支払に応じた。
(三) ところで、右手形判決が異議申立後の通常手続における本案判決で取り消された場合に、伊藤忠が更生会社に対し、右仮執行に基づき寺岡商事が伊藤忠に給付した金員及び強制執行を免れるために給付した金員の返還をなすべき義務あることは、民事訴訟法一九八条二項の規定するところであり、本件はまさに右取消の場合に該当するものである。
(四) よつて、右手形判決の取消もしくはこれに準ずる失効を前提として、更生会社は伊藤忠に対し、原状回復として金六三三二万六八八三円及び内金六一八三万五〇〇〇円に対する右給付の翌日である昭和四九年一一月一四日から、内金一四九万一八八三円に対する右給付の翌日である昭和四九年一二月一一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 請求原因及び民事訴訟法一九八条二項に基づく申立原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の(1)の事実のうち、寺岡商事が本件各手形を伊藤忠に対し振出交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。
伊藤忠は、寺岡商事との間で昭和四八年四月二〇日ころ、同年秋冬物ボンロフトセーター合計一〇万枚の売買契約を締結し、右売買契約に基づき同年八月ないし一一月の各一五日に商品引渡をなしたその売買代金五九五〇万円及び決済期日の延期に伴う遅延利息の支払方法として昭和四九年二月二五日及び同年三月三〇日に寺岡商事から本件各手形の振出交付を受けたものである。
(二) 同(一)の(2)の事実は否認する。
(三) 同(一)の(3)の各事実は否認する。伊藤忠は寺岡商事に対し買戻義務を負担したことはない。
(四) 同(二)記載の経緯で寺岡商事が更生会社となり、管財人に山本晃夫が選任されたことは認める。
(五) 同(三)の各事実のうち、更生手続開始決定によつて定められた更生債権及び更生担保権の届出期間が昭和五二年一〇月七日であること、更生計画案が昭和五三年一二月一一日認可されたこと、伊藤忠が右届出期間内に本件手形金債権の届出をしなかつたことは認めるが、本件各手形金債権が会社更生法二四一条により失権したことは否認する。
本件各手形金債権が更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であることは認めるが、以下の理由により、伊藤忠の本件各手形金債権は更生債権とはならない。
(1) 伊藤忠は、前記民事訴訟法一九八条二項に基づく申立原因(一)、(二)の経緯で、手形判決の仮執行宣言に基づき更生会社主張のとおりの金員を寺岡商事から給付を受けた。
(2)(イ) ところで、会社更生法における更生債権とは、更生手続開始の原因に基づいて生じた財産上の請求権をいうのであるが、当然のことながら、更生手続開始時点より以前に弁済等の事由によつて満足を受け消滅してはいないものであることが前提とされているはずである。
(ロ) しかるに本件において伊藤忠は、前記の如く仮執行等により本件各手形債権の全額について現実に満足を受けてしまつている。従つて、本件各手形金債権の存在が是認される限り、結局は、その満足を受けた時点において本件各形金債権は消滅していることになるのである。
(ハ) すなわち、仮執行の制度は判決確定前に後の手続で仮執行宣言付判決が取り消されることを解除条件として勝訴者に許された強制執行であり、執行による権利の実現、満足の程度は確定判決に基づく本執行の場合のそれと全く同様のものであるから、勝訴者は仮執行により現実に完全な債権の満足を受けられるのである。
そして、実体上の権利状態は実体上の要件事実によつて変動を受けるものであり、従つて、債権的請求権は給付等による満足があればこれによつて消滅するものであるから、勝訴者の請求権は仮執行によつて債権の満足を受けた限りにおいて実体上は消滅するものといわざるをえない。
ただ、右の如き仮執行制度の趣旨・建前からその解除条件が充たされるか否かの審理手続においては、手続上、技術的にやむをえず仮執行の完了ということを顧慮せずに、本案につき審理することとされているのである。
そこで、本案の審理が終了し請求権の存在が是認され、判決が確定すれば、手続上仮執行に付着していた解除条件が確定的に排除されてしまい、手続上も右の如き技術的支障がなくなるので、仮執行の完了という事実を考慮さぜるをえないこととなり、既になした仮執行の時点で請求権は満足を受けた範囲において消滅したことになるのである。
(ニ) 従つて、本件においては伊藤忠の本件各手形金債権の存在が是認されるとすれば、結局、仮執行等により満足を受けたことにより本件各手形金債権は全額が更生手続開始以前に消滅したことになるのであるから、本件各手形金債権は更生債権となることはないのである。
(ホ) そこで、会社更生法上の更生債権となるか否かの判断は、実体上の権利状態によるべきであり、このように考えて問題はない。
これに対し、右の如き仮執行制度の技術的制約から請求権存否の審理手続において、手続上仮執行の完了という事実を顧慮しないとの法理を、会社更生法上の更生債権となるか否かの判断についてまで適用することは、その手続法理の射程距離を超えて適用するものであつて、その手続法理の認められた趣旨からして誤りであると思料する。
(ヘ) なお、伊藤忠は更生手続から全く疎外されていた。更生手続開始決定の段階で伊藤忠の本件各手形金債権が更生債権であるとすれば、伊藤忠は当然会社更生法四七条二項にいう「知れている更生債権者」であり、開始決定を送達され、債権の届出をなすべき旨の催告がなされるべきであつたにも拘らず、それもなく、従つて、調査の対象にもされず(会社更生法一三五条)、関係人集会に呼出(同法一六四条)もうけなかつたものであつて、手続上の保護を全く欠いていたといわざるをえない。
(六) 民事訴訟法一九八条二項に基づく申立原因(一)、(二)の各事実は認める。
第二 昭和四九年(ワ)第七〇六一四号事件について
一 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(一) 寺岡商事は、伊藤忠に対し金六一八三万五〇〇〇円及び内金一七八八万円に対する昭和四九年五月三一日から、内金一九三七万円に対する同年六月一五日から、内金一〇四三万円に対する同年六月二九日から、内金一四一五万五〇〇〇円に対する同年七月一五日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は寺岡商事の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 伊藤忠の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は伊藤忠の負担とする。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 伊藤忠は、本件各手形を所持している。
(二) 寺岡商事は、本件各手形を振り出した。
(三) 伊藤忠は、本件各手形を満期に支払のため支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。
よつて、伊藤忠は、寺岡商事に対し本件各手形金合計金六一八三万五〇〇〇円及び内金一七八八万円に対する別紙約束手形目録記載(一)の約束手形の満期の日である昭和四九年五月三一日から、内金一九三七万円に対する同目録記載(二)の約束手形の満期日である同年六月一五日から、内金一〇四三万円に対する同目録記載(三)、(四)の各約束手形の満期の日である同年同月二九日から、内金一四一五万五〇〇〇円に対する同目録記載(五)、(六)の各約束手形の満期の日である同年七月一五日から各支払ずみまでいずれも手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
請求原因事実は全て認める。
3 抗弁
(一) 前記第七〇三〇二号事件の請求原因(一)ないし(三)と同一であるから、これを引用する。
(二) 同時履行の抗弁
仮に、本件各手形が伊藤忠主張のように、八光ニット株式会社が製造したボンロフトセーター合計一〇万枚を伊藤忠が買い上げ、その備蓄として光明運輸倉庫株式会社に寄託してある右商品の売買代金の支払のために振り出されたものであるとしても、寺岡商事の本件各手形金債務は、伊藤忠の寺岡商事に対し右ボンロフトセーターを引渡すべき義務と同時履行の関係にあるから、伊藤忠が右義務を履行するまで寺岡商事は本件各手形金の支払を拒絶する。
(三) 数量不足に基づく減額請求
仮に、ボンロフトセーターの引渡がなされているとしても、それは二万三六七五枚のみであつて、数量に不足があるところ、買主である寺岡商事は、伊藤忠に対し昭和五〇年二月三日の本件口頭弁論期日において、その足らざる部分の割合に応じて売買代金の減額を請求する旨の意思表示をした。
4 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)に対する認否は、前記第七〇三二事件の請求原因に対する認否(一)ないし(五)と同一であるから、これを引用する。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)の事実のうち、数量に不足があつたことは否認する。
5 再抗弁
(一) (同時履行の抗弁について)
(1) 伊藤忠と寺岡商事間におけるボンロフトセーターの売買契約については次に述べる商品引渡方法の合意があつた。
(イ) 八光ニット株式会社が製造したボンロフトセーターを昭和四八年五、六、七、八月にそれぞれ三万枚、三万枚、三万枚、一万枚の割合で伊藤忠が買上げ各々およそ三ケ月位づつ備蓄在庫してそれぞれ同年八、九、一〇、一一月に寺岡商事に売り渡す。
(ロ) 備蓄在庫期間のボンロフトセーターの保管は、寺岡商事指定の営業倉庫である光明運輸倉庫株式会社に伊藤忠名義で寄託することによつてなし、寄託料は寺岡商事が負担することとする。
(ハ) 伊藤忠から寺岡商事へのボンロフトセーターの引渡は、伊藤忠の指示により右光明運輸倉庫においてボンロフトセーター寄託者名義を寺岡商事に変更することによつて行なうこととする。
(2) ところが、生産の都合上八光ニット株式会社からのボンロフトセーターの実際の入荷が同年五月九日三万枚、同年六月一二日三万枚、同年七月二三日二万枚、同年八月八日二万枚であつたため、それに従い各々約三ケ月間伊藤忠において備蓄在庫し、それぞれ同年八月一五日三万枚、同年九月一五日三万枚、同年一〇月一五日二万枚、同年一一月一五日二万枚のボンロフトセーターを伊藤忠がその寄託先である光明運輸倉庫株式会社に指示し、寄託者名義を伊藤忠から寺岡商事に変更させて引渡した。
(二) (数量不足に基づく減額請求について)
寺岡商事は引渡された売買目的物のボンロフトセーターの数量不足を理由として代金減額の請求をしているが、仮に、数量不足があつたとしても、伊藤忠と寺岡商事との売買契約は商人間の売買であり、買主である寺岡商事は売買目的物を受取つた際遅滞なくこれを検査し、数量不足を売主である伊藤忠に通知すべきところ、何ら通知をしていないのであつて、右通知義務を怠つている更生会社の売買代金減額請求は商法五二六条によつて是認されないものである。
6 再抗弁に対する認否
再抗弁(一)の事実のうち、(1)については否認し、(2)については知らない。
(証拠関係)<省略>
理由
一会社更生法によれば、更生手続開始決定当時、更生会社に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権、すなわち更生債権を有している者が、その届出をせず、裁判所の定めた届出期間を徒過した場合には、更生債権者は更生手続への参加をすることができず、その結果、更生計画認可決定により失権させられることは明らかである(会社更生法二四一条、二七九条)。そこで手形金債権者が仮執行宣言付手形判決に基づく強制執行により給付を得ていたところ、右手形判決に対する異議の申立により通常手続として訴訟係属中、被告会社に対し更生手続開始決定がなされて右訴訟が中断し、右債権者が更生債権の届出を懈怠した場合に、右のような失権を受けるか否かについて検討する。
仮執行宣言付判決に基づく強制執行は、原則として確定判決に基づく強制執行と同様であり、執行そのものが仮というのではなく、請求の終局的実現の段階まで進むものである。しかし仮執行宣言は本案判決が確定することを前提として勝訴者に強制執行を許すものであり、本執行での債権者の受ける満足は実体法的にも完全な満足であるのに対し、仮執行でのそれは確定的なものではなく、後日、本案判決若しくは仮執行宣言が取り消されることを解除条件としているものであつて、仮執行宣言に基づく強制執行によつて即座に債権が確定的に消滅するものではない。右の理は、必要的に仮執行宣言を付することを要求している手形判決においても、なんら異なるところはない。
判旨一したがつて、手形判決に対する異議の申立により通常手続として訴訟係属のある場合には、たとえ債権者が仮執行宣言付手形判決に基づく強制執行をなしていたとしても、未だ債権が確定的に消滅したということはできないのである。また、会社更生法によれば、更生手続開始決定があつたときには更生債権に基づく会社財産に対する強制執行のあらたな申立が禁止され、既になされている強制執行手続は当然に中止される旨規定(同法六七条)されているが、これは、更生手続開始後に右の手続を許していたのでは更生手続の円滑な実施が望めず、また、更生手続が成功すればその必要がなくなるからであつて、会社更生手続の目的である会社が企業として有する価値を維持更生させるため、更生手続を他の手続に優先せしめ、会社財産の散逸防止をはかるものである。かくて会社に対し確定判決による債務名義を有し、債権の存在が確定的であつても、強制執行を終了していない限り、更生債権の届出を懈怠すれば失権することになることに照らせば、仮執行宣言付手形判決に基づく強制執行をした債権者が、未だ債権の存在が不確定であるにも拘らず、更生手続によらないで終局的満足を得られるものとは、到底解せられず、右債権が会社に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権である限り、更生債権としての届出をしたうえ、更生手続に参加し、更生計画上の分配にあづかる以外、権利行使の方法はないものと解するのが相当である。
二本件についてみるに、職権によつて本件記録を検討すると寺岡商事は、同社の申立に係る東京地方裁判所昭和五二年(ミ)第七号会社更生手続開始申立事件について、同裁判所から昭和五二年八月一七日、更生手続開始決定を受けて会社更生法上の更生会社となり、更生管財人として山本晃夫が選任された。右決定によつて定められた更生債権及び更生担保権の届出期間は昭和五二年一〇月七日までであつたところ、伊藤忠は本件各手形金債権が更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であつたにも拘らず、昭和四九年一一月一三日仮執行宣言付手形判決に基づき寺岡商事の銀行に対する預託金返還請求権を差押・転付を得たうえ、右転付金六一八三万五〇〇〇円を取得し、更に、同年一二月一〇日、寺岡商事から右手形判決に基づく利息金一四九万一八八三円を受領(尚、寺岡商事は、強制執行を免れるため右利息金の支払に応じたものである。)していたことから、本件各手形金債権について、更生開始決定により定められた更生債権の届出期間内にこれを更生債権として届出ることをしなかつた。その結果、伊藤忠は本件各手形金債権について更生手続に参加することなく、昭和五三年一二月一一日更生管財人山本晃夫から裁判所に提出された更生計画案が認可されたが、右計画案には本件各手形金債権についてはなんら記載がなされていなかつたことが認められる(以上の事実は当事者間に争いのない事実である。)。右事実によれば、伊藤忠の本件各手形金債権は更生債権として届出ることが必要であつたところ、これを懈怠し、更生計画案が認可されたため、会社更生法二四一条により失権したものといわざるを得ない。
ところで、伊藤忠は、本件各手形金債権が更生債権であるとすれば、伊藤忠は当然会社更生法四七条二項にいう「知れている更生債権者」であり、開始決定を送達され、債権の届出をなすべき旨の催告がなされるべきであつたにも拘らず、それがなされていないことをもつて、手続上の保護を全く欠いていた旨主張するが、開始決定の送達を欠くなどの不手際があつたとしても、寺岡商事は当時債務不存在確認の訴を以て伊藤忠が訴求する債権の不存在を争つていたことでもあり、送達すべき「知れたる債権者」に当るかどうか検討の余地がないわけではなく、同四七条一項に基づく公告によつて係争中の伊藤忠は、その社会的存在の実を以つてすれば、当然寺岡商事の更生手続開始は、これを知り得た筈である。したがつて、たとえ「知れている更生債権者」に当るとしても、届出が懈怠され、更生債権について認可計画案に記載のない限り、更生債権として失権することに変りはない。
三ところで、昭和四九年(ワ)第七〇三〇二号事件は寺岡商事から伊藤忠に対する債務不存在確認等請求訴訟、昭和四九年(ワ)第七〇六一四号事件は伊藤忠から寺岡商事に対する約束手形金請求訴訟として係属していたものであるところ、寺岡商事は前記のとおり昭和五二年八月一七日東京地方裁判所において会社更生手続開始決定を受けたものであるが、右各事件は更生手続開始決定があつたことにより、訴訟の中断を生じていたところ、本件記録によれば、昭和五三年三月二七日の本件第二〇回口頭弁論期日において更生管財人山本晃夫の訴訟手続受継の申立書が陳述され、右各事件の受継がなされている。ところで、更生手続開始決定に伴い訴訟が中断した場合、受継手続は直ちにこれを行うべきものではない。けだし、更生債権はその調査期日において異議がないときは、そのまま確定するからである。但し、届出債権について債権調査期日において異議があつたときには、更生債権につき確定を訴訟で争う場合に、中断した訴訟を受継する方法で確定訴訟を行なわなければならず(会社更生法一四九条、一五一条、一五二条)、この場合に中断した訴訟が承継されることがあるにとどまる。したがつて、更生債権の届出がなく、そのため債権調査期日において異議が出されることもなく、届出期間を徒過した更生債権についての訴訟は、これを受継させることができず、また、その利益、必要もないと解するの判旨二が相当である。してみれば、本件において本来の寺岡商事の伊藤忠に対する債務不存在確認請求、伊藤忠の寺岡商事に対する約束手形金請求を更生管財人山本晃夫に受継させたことは、その要件を欠いた受継がなされたものといわざるをえないから、右受継の裁判は従前の手続全体の続行としては、取り消さるべきものであるが、伊藤忠は本件各請求訴訟の基礎である各手形金債権を更生債権に属しないものとして争つているところから、少なくとも本件各訴訟の手続の帰趨に関する裁判所の判断を求める限度でのみ、いわば形式的訴訟担当者として、会社更生法六九条一項の「更生債権又は更生担保権に関しないもの」として、更生管財人が受継することができ、またその趣旨で受継がなされたものと解せられる余地があるので、あえて受継申立の却下はしな判旨三い。そして、前記認定のとおり伊藤忠の本件各手形金債権は会社更生法二四一条により失権しているのであつて、伊藤忠の寺岡商事に対する本件各手形金請求訴訟は訴訟中断のまま手形訴訟により審理を求める請求権の基礎を失い、不適法となつて手形判決の効力を失つて終了し(会社更生法二四六条一項も参照)、また、寺岡商事の伊藤忠に対する本件各手形金債務不存在確認訴訟は、訴訟中断のままその目的を達し、訴の利益を失つて終了したものといわざるをえない。
四更生会社が伊藤忠に対し民事訴訟法一九八条二項に基づく申立により金員の給付を求める訴訟について。
右訴訟は更生債権又は更生担保権に関しないものであつて、更生管財人が訴訟を受継し得る(会社更生法六九条一項)ことは明らかであり、この限りでは前記更生管財人の受継は適法になされているものである。
判旨四ところで、民事訴訟法一九八条二項によれば本案判決を変更する場合において、仮執行宣言に基づき被告が給付したる物の返還を命ずることを要する旨規定しているが、前記認定のように、仮執行宣言付手形判決において認容されて本件各手形金債権が会社更生法上の規定により失権し、手形金請求訴訟が中断中のまま、その手形判決の効力を失つて訴が終了したことの明かとなつた本件のような場合も、会社更生法の法理、手形訴訟手続の特殊性にかんがみ、本案判決を変更する場合に当るものとして、同項により仮執行宣言を利用した者に原状回復及び損害賠償義務を負担させることができるものと解するのが相当である。
五ところで、伊藤忠が昭和四九年一一月一三日本件手形判決(東京地方裁判所昭和四九年(手ワ)第二〇二四号)の仮執行宣言に基づき寺岡商事の銀行に対する預託金返還請求権(株式会社横浜銀行浅草橋支店・金一七八八万円、株式会社第一勧業銀行日本橋支店・金一九三七万円、株式会社三和銀行室町支店・金一〇四三万円、株式会社大和銀行堀留支店・金一四一五万五、〇〇〇円)の差押・転付を得た上右転付金を全額取得し、その後同年一二月一〇日、右仮執行宣言に基づく利息の請求により寺岡商事から利息合計金として合計金一四九万一八八三円の支払を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。したがつて伊藤忠は更生会社管財人に対し、民事訴訟法一九八条二項により、原状回復として、右仮執行宣言により得た各金員および各受領の翌日からの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
六以上によれば、(一)伊藤忠の本件各手形金請求訴訟は、訴訟中断のままその適法な請求権の基礎を失い、手形判決の効力を失つて終了したものであり、(二)寺岡商事の伊藤忠に対する約束手形金債務不存在確認請求訴訟は、訴訟中断のままその目的を達して訴の利益を失い終了したものであり、(三)更生会社の伊藤忠に対する民事訴訟法一九八条二項に基づく申立は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき同法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(舟本信光 清水信雄 村上博信)
別紙約束手形目録<省略>